意外に厳しいお店のルール
遊ぶ男からしてみれば、キャバクラ嬢なんて気楽な稼業、と思いがちだ。
仕事といえば客の隣に座って酒を作り、客がタバコを咥えたら火をつけて、あとは時折客の腿に手を載せながらどうでもいい話に相槌を打ち、笑っていればいいと。
しかも、飲み食いは客持ちで、あわよくばプレゼントまでいただける。
もちろん報酬だって本気になれば半年でサラリーマンの年収分を得られる。
もしも女であったら迷わずキャバクラで働くのに。
キャバクラで遊んだことのある男ならそんなふうに思ったり、願ったりしたことは一度や二度はあるだろう。
ところが、キャバクラにはキャバクラの掟があり、ある意味それはそこらの企業の就業規則よりもずっと厳しいと言えるかもしれない。
校則並みの厳格な規則に、違反は即刻罰金刑
[char no=1 char=”まきか”]ほとんどのお客さんは、キャバクラ嬢はだいたい時給がいくらで、一日何時間働くから日給はこれくらいで、それに指名料がついてなんて計算して、いいななんて思っているでしょう。[/char]
確かにOLしているよりも、ウエイトレスするよりも稼ぎはいいですよ。
私も友達に誘われて仕事をはじめるまで、同じように思っていました。
それでやってみようと面接を受けた時に店長から聞かされた話にびっくり。正直、これは私には解理かもしれないな、そう感じました。
たぶんお店によって多少ちがうこともあるでしょうけど、いちばん厳しいのが遅刻と欠勤です。
もちろんどっちも罰金刑。
万が一連絡なしの遅刻や無断欠勤した場合は、罰金の金額は数万円です。
さらにこれがもっとも店の忙しい金曜とか土曜だと、もう何日分かの給料が消えちゃう額になるの。
遅刻や欠勤はふつうの会社でも、喫茶店でもありますよね。
確かに遅刻や欠勤はお店に迷惑がかかるでしょう。
でも、常習ならわかるけど、理由に関係なくたった1回の遅刻でも問答無用ですからね。
ほかのことでいえば、スマホの電源を切るかマナーモードにするかを忘れていて、席でスマホが鳴ったら、1,000の罰金。
もちろんお客さんのスマホではないですよ。
これもスマホに出たらっていうのじゃなく、鳴った時点でおしまいなんです。
もっとありますよ。
うちの店では、衣裳はミニが基本で、膝上10センチ以上でないと、これまた罰金。
微妙な長さだと、店長が定規を持ってきて計るんです。
これじゃあ女子校の校則ですよね。
冷え性だったとしても、当然パンストもストッキングもダメ。
生足でないと罰金です。
そしてこれらの罰金はその時だけじゃないところが恐怖なんですよ。
翌月の給料も下がってしまうんです。
私なんて基本的には根が真面目だし、罰金も怖いから、家を出て店に入って、着替えを終えるまで緊張しっぱなし。
もう一年になるけど、いまだにお客さんについてようやく落ち着くって感じです。
たぶんお店は指名で来てくれるお客さんのことを考えて、女の子を厳しく管理しているんでしょうけど、私をお店に誘ってくれたリアちゃんは罰金なんて全然恐れてなくて、遅刻と欠勤の常習者。
おかげで給料明細を見たら、収入の半分が罰金なんてこともよくあるんですよ。
「これじゃ時給のいいキャバクラで働いてる意味がないでしょう」
さすがに店長も呆れてそう言うけど、彼女はまるで平気なんですよ。
彼女はお店を辞めないし、お店も彼女を辞めさせない。
とにかく、ふつうのキャバクラ勤めの女の子にとって、罰金ほど恐ろしいものはありません。
だから同伴していて、少しくらいの遅刻はいいだろう、その分の時給くらい持ってやるよ、なんていうお客さんがいますが、とんでもないんです。
キャバクラって意外に怖いところでしょう。
そう思いません?
チラシ配りをさせられるなんて!思ってもいなかった
[char no=6 char=”瞬華”]うちのお店のルールのなかに、「案内」っていうのがあるの。[/char]
つまりチラシ配りのこと。
毎週一回、女の子ふたりでペアを組んで、店の外に出て道行く男の人たちにチラシを配るんですよ。
これを女の子がやるようになったのは半年ほど前から。
それまでは専門の男の子がいたんだけど、売上があまりよくないからって、男の子を辞めさせて、女の子がやることになっちゃった。
案内をやらないといけない日は出勤時間がいつもより二時間も早くて、遅刻は罰金。
一応案内手当てっていうのがつくようになったけど、やりたくないよね。
だって、いつ誰に会うかわからないじゃない。
それに、気候のいいときならまだいいけど、夏の暑い時も冬の寒い時もあるでしょ
最悪よ。
女の子ふたりだけならサボっちゃうけど、ボーイも一緒だし、チクられるから、サボるわけにもいかない。
それに、案内でお客さんが入らなかったら時給も減らされてしまう。
これじゃあチラシ配りやティッシュ配りのお姉ちゃんと一緒。
確かにうちのお店の周りにはキャバクラがいっぱいあって、競争は激しいけど、それって私たちとは関係のないこと。
私たちはついたお客さんに気に入られて、満足してもらうのが仕事じゃなかったのかな。
ほかのお店の案内は、ちゃんとそれ専門のバイト君がやってるのにね。
まあ百歩譲って、週一の案内は仕方ないとするよね。
でもね、お店が暇で待機の女の子がいると、店長がすぐに「時給で払ってるんだから、暇なら案内行って来い」っていうわけ。
週一の案内を逃れる方法はただひとつ。
案內の日に同伴を入れること。
同伴があれば免除されるから、もう無理やりにでもその日には同伴しちゃうけど、それもなかなかうまくは行かないのよね。
これのおかげで、ここ半年の間に、六人の女子が辞めちゃったもん。
ほかのお店に移っちゃった。
昼の仕事は世間と自分をつないでいる紐
[char no=1 char=”まきか”]「どうしてキャバクラで働こうと思ったの?」[/char]
この質問をするお客さんは意外に多いんですよ。
答えはわかりきってるでしょ。
お金でしょ。
それ以外にどんな理由があるっていうのかな。
もちろんお金を稼ぐ理由は人それぞれちがうけどね。
だからあくまでもキャバクラ嬢は、目標達成までの手段としてやってるわけ。
ようするにアルバイトなんです。
私もそうだけど、キャバクラ一本でやってる子はけっこう少ないんですよ。
学生の子もいるけど、そうでない子はほとんど昼間も仕事をしています。
私はいま、毎日朝九時から夕方五時まで建築設計の事務所で電話兼雑用の仕事、もちろん正社員じゃなくてバイトでやっていて、仕事が終わったら速攻で一旦家に帰り、お風呂に入って、七時に店に入ってます。
店は午前一時で上がって帰ってからまたお風呂に入って、寝るのが午前二時半ごろ。
朝起きるのは7時半だから、睡眠時間は五時間ですよね。
だからハッキリ言って、わたしの場合、同伴はしてもアフターはまずしません。
結局睡眠時間を削っちゃうことになりますから。
それにアフターすれば送りがなくなって、下手したら帰りのタクシー代が自腹になってしまうし。
確かに昼も夜も仕事となると肉体的にも大変です。
こんな生活やめちゃおうかなと、何度も思いますよ。
つまり、どっちかの仕事を辞めるってこと。
でも、辞めるとなったらほんとうはお店なんだけど、現実的には昼間の仕事になってしまいますね。
昼のバイトの給料だけじゃ生きていけないもん。
そうしたら、もうほんとうにキャバクラ一本になってしまう。
けっこうみんなキャバクラ一本というのには抵抗があるんです。
だって収入もいいし、キャバクラだけだと、それほど疲れるっていうこともないし。
ということはズルズルいっちゃうってことでしょ、夜の世界に。
そうしたらなんとなくもう元には戻れないような感じに思えちゃう。
昼の仕事は、大げさに言えば世間と自分を辛うじてつないでる細い紐みたいなもので、切れちゃったら真っ逆さまに闇の中へ落っこっちゃう、きっと。
そんな恐怖心みたいなものって、みんな絶対にあるはず。
でも、お店を長くやってる子に聞いたら、そう思うのは二年までだって。
二年過ぎたらたっぷり疲労が蓄積されて、キャバクラにどっぷり首まで漬かっちゃってることに気付く。
疲れてるから、楽なことしか考えなくて、ああ、私にはキャバクラが天職かな、なんて思ってしまうと言うんだけど。
お店を見渡せば、確かに長い人は昼の仕事をしていないんですよね。
そんな子は時間があるからアフターもするし、そうすると指名も増えるし、収入も多くなります。
でもね、やっばり私にとっては、キャバクラ嬢はアルバイトで終わりたいと思っているんです。
ターニングボイントの二年まではあと七ヵ月。
私はどうなるのかな。
新人はイジメられる?
イジメは学校社会だけにあるものではない。
むしろ一般社会のほうがより陰湿で露骨なイジメがあるとも言われている。
小さくてもひとつの社会が形成されれば、人間関係に歪みが生まれてくるのは自然なことなのだろうか。
キャバクラもごく小さな店という器のなかで、女が大半を占める特殊な社会だ。
しかも人間の入れ替わりが激しい。
そこにイジメが存在してもなんら不思議なことはない。
現実にいくつかの店で何人かの女の子からイジメられた話を耳にした。
その実態は?
[char no=2 char=”るみい”]四十分もトイレに閉じ込められたり……[/char]
こういうのもなんですけど、私は小学校から中学までずっとイジメる側でした。
自殺まで追い込むようなことはしなかったけど、そのせいで登校拒否になった子もいたくらい、けっこうなことをしていましたね。
そんな私が、前のお店だったけど、生涯ではじめてのイジメにあいました。
う~ん、イジメというよりも嫌がらせかな。
理由はわかりません。
心当たりもないですね。
キャバクラの仕事ははじめてだったから、ほかの女の子たちを先輩だと思って、できるだけ下手に出ていましたよ。
それがいけなかったのかな。
私もそうだったけど、たぶんイジメる側には明確な理由なんてないんですよね。
ただなんとなく存在自体がウザったいとか、ちょっと生意気っぽいとか、そんな程度のことでしょう。
それにしてもやり方は露骨でしたよ。
その店には、女の子は少ない時で十八人、多い時で二十五人いましたが、私をイジメていた相手は三人。
中心になっていたのが、いちばん古株でお客さんにも人気があって、指名の本数もいつもトップクラス、店長の信頼も厚いKって子でした。
あとのふたりは金魚のフン。
自分たちがイジメられるのが怖くて子分になっているだけって感じ。
具体的なイジメの内容は、ひとつはほとんど毎日衣裳を汚されたこと。
店に入って着替えようと思ったら、ケチャップをべったりつけられていたり、ひどい時はタバコの火で穴を開けられていたり。
まさかそんな衣裳でお客さんの前に出られないじゃないですか。
それで店長にちがう衣裳をお願いすると、こっちは新人だし、三回目くらいまでは怒らずに、注意するようにと言うだけでちがうのを出してくれましたけど、その後からは「いい加減にしろ!」って怒られて、汚れの場合は染み抜き料とクリーニング代を取られ、穴が開いたり破れたりしたものは買い取らされたり。
そんな私の様子を見て、あいつらは笑っていたんですよ。
ほかにはトイレのドアを外から閉められて、出られないようにされたり。
四十分くらい閉じ込められました。
あと、バッグのなかに300個ほどコンドームを詰め込まれたりとか。
直接現場は目撃しなかったけど、誰がやったのかなんて想像つくし、わかるじゃないですか。
もちろん黙っていませんよ。
店長にも言いました。
店長だってわかっていたはずです。
だけど、そいつ、いちばん稼ぐやつでしたから、店長も簡単に「つまらないことは止めろ」とたしなめるくらいで、お咎めも厳重注意もなにもなしですよ。
しばらく我慢していたけど、三日ほどなにもなかったと思ったら、また衣装が汚されて、もう頭きちゃって「こんな店、辞めてやる!」って言ってから、更衣室へ駆け込んで、そいつらの私服にマジックで「バカ」とか「ブス」とかいっぱい落書きしてやりました。
けっきょくその店に勤めたのは一ヵ月半。
もうキャバクラなんかで二度と働かないと思いました。
でも、辞めた後である子が「お店変わるんだけど、一緒にやらない?」って電話をくれたんです。
その子とは店ではあまり話したことがなかったけど、なんとなく気が合いそうな感じだったし、お金も必要だったから、またやることにしました。
いまのお店ではイジメなんてなくて、女の子どうしはすごく仲がいいですよ。
みんなでボーイさんをイジメることはあるけどね。